デス・オーバチュア
第15話「超獣スレイヴィア〜後編〜」






仕事の裏事情は聞かないことにしている。
自分が行わなければいけないことさえ解っていれば仕事はできるのだから、必要以上の情報は必要ないのだ。
知りたくないというのが本音かもしれない。
詳し知れば、迷ってしまうから……。
自分が正しいことをしているのか、それとも、悪いことをしているのか。
私はクリアの正義を絶対だなどとは思っていないし、クロスのように自らの判断に絶対の自信など持っていないのだ。
私は常に迷っている、流されてる。
私はとても弱いのだ……。


「……それでも、コレを野放しにするわけにいかないのだけは間違いない……」
タナトスは魂殺鎌を構える。
タナトスの前には巨大な黄金の獣が山のようにそびえ立っていた。



スレイヴィアは獣に変化するだけではなく、天井に届きそうになる程に巨大化していた。
黄金色の毛皮を持つ狼のよな獣。
スレイヴィアとタナトスのサイズの差は、犬とネズミぐらいだろうか?
少し足を上げるだけで、簡単にタナトスを踏み潰せるだろうことは間違いなかった。
「ホントは、奴はもっともっといくらでもでかくなれるんだよ。それこそ山みたいな大きさにね……家どころか、街を一踏みで潰すこともできるかもね」
ルーファスがスレイヴィアを見上げながら言う。
「一匹でホワイトを滅ぼすってのも別に大言壮語ってわけでもない。それに、ただでかいだけじゃない。自重で潰れるどころか、人の姿と同じ、いや、それ以上のスピードで動きやがる」
「その上、魔術は効かず、剣の刃も通らない毛皮というわけか……」
「そういうこと、さてどうしたものだろうね?」
ルーファスはわざとらしく肩をすくめて見せた。
「……倒す。それ以外に手などあるまい」
「ごもっとも。問題は、ど……タナトス!?」
突然、タナトスが吹き飛ぶ。
スレイヴィアの右前足が、道端の石ころか何かのようにタナトスを蹴飛ばしたのだ。
今までスレイヴィアに突き飛ばされた時とは比べ物にならない程の衝撃。
だが、いつまで経っても壁に激突する衝撃は襲ってこなかった。
「たく、作戦タイム中は攻撃しないっていうルールをケダモノは知らないのかよ」
耳元からよく知っている男の声が聞こえてくる。
タナトスは宙に浮かぶルーファスに受け止められていた。
「……すまない、ルーファス、助かった……」
タナトスは素直に礼を口にする。
「どういたしまして。それよりも、獣姿のあいつが相手だと俺の光輝結界もたいして保たないよ。あいつが全力で結界を壊そうとしたら、もって一発か、二発だろうね」
「……そうか」
「さて、どうする?」
ルーファスが何を尋ねているのかは解っていた。
戦うのは決定事項として、どうやって戦う?
こんな化物と……。
「ルーファス、奴の頭上で私を離せ……とりあえず斬れるかどうか試してみる……」
「おいおい……無謀すぎるぞ。試すまでもない、例え斬れたとしても、サイズが違いすぎる、象の足に小さな針を刺すようなものだ」
「……では、どうしろと言うのだ? 何か手があるのか!?」
タナトスの表情と態度は、例え手が何もなくても、自分は戦うぞと言っていた。
「仕方のない奴だな。お前はもう今回は充分すぎる程頑張ったよ。後は俺と、馬鹿妹に任せておけ」
ルーファスは優しげな、だが、どこか意地悪な笑顔でそう言うと、タナトスを地上に降ろす。
「馬鹿妹……クロスのことか?」
ルーファスはタナトスの問いには答えずに、クロスの方に文字通り飛んでいった。



「ほら、ケダモノ、俺が相手してやるよ」
獣化したスレイヴィアは、人語を話す機能を失ったのか、それとも話す気がないのか、唸り声を上げてルーファスに襲いかかった。
スレイヴィアの右前足がルーファスを踏み潰そうとしたが、その直前でルーファスの姿は消え去る。
「光輝乱舞!(こうきらんぶ)」
ルーファスの左手から無数の光球がスレイヴィアに向かって撃ちだされた。
光球の一発一発が、普通の人間なら跡形もなく吹き飛ばす爆発力を持っていたが、サイズの差の悲しさか、スレイヴィアは顔面を拳で殴られた程度のダメージしか受けていないようである。。
「ガアアアアアアアアアアアアッ!」
咆哮と共に、スレイヴィアの口から青白い光が吐き出された。
光は先程までルーファスが存在した空間を貫き、光輝結界……光のドームに激突する。
光の激突した場所に亀裂が走った。
「もう一発でパリーンって割れちゃうかな?」
ルーファスはいつの間にか地上に移動完了している。
「ドジるなよ、クロス……」
ルーファスの体中から黄金の光が立ち上った。
「全力で撃つなんて何年ぶりかね?」
ルーファスは左手を突き出す。
ルーファスの居場所に気づいたスレイヴィアは先程の青白い光を放とうとした。
「遅せぇよ! 光輝天舞!」
ルーファスの左手から床から天井まで全てを埋め尽くすような莫大すぎる光が放たれる。
光はそのままスレイヴィアに激突し、スレイヴィアを後方に押しやっていった。
「いくらご自分の作り出した結界があるとはいえ……無茶苦茶をしますね……だが、それでも、その姿のあなたが放てる最大の光輝を持ってしても、スレイヴィアは倒せませんよ」
巻き添えを恐れたのか、コクマが空間転移でこの場から完全に消え去る。
「解っている。要は押し込められればいいんだよっ!」
ルーファスの叫びと同調するように、光の出力が増した。
スレイヴィアが最初に姿を現した奇妙な空間への入り口。
黄金の光の大波がスレイヴィアをそこへと押し込んでいく。
スレイヴィアはまた封印の中に押し込まれてなるかと、必死に踏ん張っていた。
「ちぃ〜、往生際の悪い犬だなっ!」
ルーファスはさらに出力を増す。
それでもスレイヴィアは粘っていた。
その時、スレイヴィアの左前足を何かが駆け抜ける。
いつのまにそこに移動したのか、タナトスがスレイヴィアの左前足を魂殺鎌で切り裂いていた。
切り裂いたといっても、スレイヴィアにとっては紙や草で切った程度のかすり傷に過ぎない。
それでも、一瞬、スレイヴィアの左前足から痛みのショックで力が抜けたのは間違いなかった。
「戻れ、タナトスっ! 一緒に呑み込まれるぞ!」
スレイヴィアの姿は奇妙な空間の中に呑み込まれていく。
タナトスは光が巻き越す圧力や風圧に逆らいながら、スレイヴィアから遠ざかろうとした。
だが、スレイヴィアのまだ呑み込まれていなかった左前足がタナトスを捕まえる。
『往生際悪いよ、ケダモノの王様』
この場に居る誰のものでもない声が響いたかと思うと、奇妙な空間から生えていた部分のスレイヴィアの左前足がバッサリと切り落とされた。
「今だ、クロス!」
怪奇現象の追求よりも、最後の詰めを優先する。
クロスはルーファスが光輝天舞を放っていた間ずっと何か詠唱をしていた。
クロスはスレイヴィアの呑み込まれた奇妙な空間の入り口へ向かって跳ぶ。
「三鬼刃神!」
クロスは奇妙な空間の中へ向けて、かって学園の地下迷宮70階分を消し飛ばした古代魔術を撃ち込んだ。



「まったく、あんな古代魔術までマスターしてるくせにさ、回復系の魔術は何一つマスターしてないってのは絶対どっかおかしいよ、お前」
「うっさいわね……黒霊破壊光(こくれいはかいこう)!」
クロスの右手から放たれた黒い光が、洞窟の入り口を完全に吹き飛ばした。
「念のため終了……はあぁ、もう駄目」
クロスは文字通り力尽きたように地面に仰向けになる。
「もう火の玉一つ作る力も残ってないわよ……」
「まあ、それでも一応良くやったと誉めてやるよ」
ルーファスは瓦礫に座って、仰向けで眠っているタナトスを眺めていた。
「珍しいわね……あなたがあたしを誉めるなんて……」
「まあ、一応役に立ったからな」
「一応って何よ? あたしが最後のトドメを刺し……ああ、まあいいや、もう寝る〜」
抗議することよりも、疲労による眠気を優先したのかクロスは目を閉じて黙る。
三秒後、クロスの健やかな寝息が聞こえてきた。
「姉妹揃って、よくこんな廃墟で眠れるもんだよ」
ルーファスは白銀の剣を左手の紋章から生み出すと、地面に突き刺す。
「俺はいろいろと挨拶回りしてくるから、眠り姫達の面倒は任せたぞ」
ルーファスは剣に向かって呟くように告げると、姿を消した。



ルーファスは、スレイヴィアと戦った部屋に姿を現した。
門、奇妙な空間への入り口があったはずの壁面は、今はただの瓦礫の山と化している。
そして、その一つの瓦礫の上に深紅のメイド服を着た赤毛赤目の少女が座っていた。
少女は右手で赤いリンゴをお手玉している。
「初めましてでいいのかな、Dの旦那様?」
「妙な呼び方はよせ。で、お前の方はなんて呼べばいいんだ?」
「ネメシスでいいよ、名前というなら基本的にそれを指すことだと思うから」
ネメシスがお手玉をやめた瞬間、シャリシャリという音と共にリンゴの皮が綺麗に剥かれ終わっていた。
さらにネメシスが裸のリンゴをもう一度宙に放ると、今度はリンゴが縦に八つ割れ、ネメシスの右手の掌にいつの間にか出現していた紙皿の上に綺麗に着地する。
「食べる、旦那も?」
「結構だ」
「そう、残念。美味しいのに」
ネメシスは爪楊枝でリンゴを突き刺すと、自らの口の中に放り込んだ。
「一応、タナトスを助けてもらった礼は言っておこうと思ってな……」
「案外律儀だね、旦那も」
ネメシスはそう言う間に、リンゴを全て食べ尽くしてしまった。
「それにしても、旦那も面白いよね、コクマと戦ってる時はあの程度の光輝の使用で倒れていたのに、今はあんなに光輝を出しまくったのにとってもお元気」
「加減して使う方が疲れるんだよ。さっきは、今の姿で出せるだけ全てたれ流せば良かったからな……寧ろ今はかなり調子いいんだよ」
「まあ、なんか解らないようで解る話だねぇ」
「お前の言っていることの方が解らないな……理解できたのか理解できなかったのかどっちだ?」
「細かいこと気にしちゃ駄目だよ、旦那。さてと……」
ネメシスはヨッコラッショと年寄り臭く立ち上がる。
「まあ、ケダモノの王様が往生際悪くてみっともなかったのと、ケダモノの王様の道連れなんかになるのは勿体ないかな〜と思って助けただけだからあんまり気にしなくていいよ」
ネメシスが軽く右手を振ると、彼女の横にあった岩が綺麗に輪切りにされて崩れ落ちた。
「Dの言うとおり、確かに興味深い一団だったよ、旦那達は。でも、あたしは旦那の相手はしたくないし、死神ちゃんはまだ役不足……もう少し育ってから遊ばせてもらうね〜」
ネメシスの背後に、丁度人一人が通れるぐらいの『闇』の入り口が生まれる。
「Dか……」
「うんじゃあ、お迎えが来たから今日はこれで、またね、旦那〜」
ネメシスがバックステップで闇の中に飛び込むと、闇は最初から存在していなかったかのように綺麗に消え去った。
「Dの奴、厄介なのを送ってきやがって……で、お前はいつまで隠れてるつもりなんだ、リーヴ?」
「なんだ、気づいていたのか?」
柱の影から二人の人物が姿を現す。
一人は羽衣のような物を羽織っている初めてて見る女、もう一人は白髪に蒼穹の瞳の人形師リーヴ・ガルディアだった。
「ああ、さっきのメイドもどきと同じように、ずっと隠れて観戦してただろう。お前は俺達の仕事に関わりたくないんじゃなかったのか?」
「無論だ、私はお前達の協力も、邪魔する気もなかった。ただ……スレイヴィアなどというホワイトへの恨みに凝り固まっているケダモノなどに蘇られたら、ホワイトに住む私にも他人事ではないのでな」
「それでこっそり様子見してたってわけだ?」
「お前達がスレイヴィアに倒されたら、代わりにスレイヴィアを始末してやろうと思いながらな……我ながら親切なことだ」
リーヴは口元に微笑を浮かべる。
「それなら最初から手を貸せって言うんだよ」
「言っただろう、私はお前達の仲間になる気も、ファントムと敵対する気もない。ただ静かに、退廃的に、ホワイトで暮らしたいだけだ。自分の居場所を守るため以外には戦う気はない」
「自分で退廃的とか言うなよな……確かにお前の生活はそうだが……」
ルーファスは呆れたように呟く。
「スレイヴィアは例え完全に滅びていなくても、三鬼刃神の衝撃で、奴の落ちた閉鎖空間とこの世界との繋がり自体が消し飛んだ……入り口も出口も存在しない完全な閉鎖空間が今度こそ完成したというわけだ……」
「魔術を弾く毛皮といっても流石古代魔術は有効だろうしな……まあ、生きていたとしても、閉鎖された狭い空間の中で三鬼刃神の直撃を喰らっちゃ無数の肉片にでもなってるだろうさ」
「滅ぼうが健在だろうが、この世界、特にホワイトに干渉できない状態になったのならそれでいい。では、私は帰る……舞姫(まいひめ)」
舞姫と呼ばれた人形のように無表情な女は、無言で羽衣を振るった。
羽衣は実際の長さよりも伸びると、空間に巨大な『輪』を描き出す。
「ゲートか……Dといいお前といい、そんな簡単に侵入や脱出されたら、入り口を塞いだクロスの立場が無いな」
「そうそう、さっきのメイドと私達以外にも覗いてる奴らが何組かいたぞ。余程注目されているのだな、お前達は……」
「ふん……」
「では、ホワイトに来たときはまた顔を出せ」
リーヴは輪の中に飛び込んで、消えた。
舞姫は深々とルーファスに頭を下げた後、自らも輪の中に飛び込んで消える。
最後に羽衣自体が自らの作り出す輪の中に内側から吸い込まれるように消えていった。
「さてと、俺達は地道に歩いて帰るとしますか」
パチンとルーファスが指を鳴らすと、先程のDの闇の入り口に対抗するかのような『光』の入り口が生まれる。
「まあ、しばらくはあいつらが目を覚まさないだろうけどね……今夜は野宿かな?」
ルーファスが飛び込むと、光の入り口は綺麗に消え去った。



































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一言感想板
一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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